Q. 無形資産、特にのれんの会計処理について、IFRSと日本の基準ではどのような違いがありますか。
A
国際財務報告基準(IFRS)では、IAS第38号「無形資産」において無形資産に関する包括的な基準が規定されているほか、IFRS第3号「企業結合」においてものれんおよび無形資産について規定されています。他方、日本基準においては、「研究開発費等に係る会計基準」や「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」等にソフトウェアについての規定があるものの、現在のところ、無形資産についての包括的な基準はありません。ただし、企業結合時におけるのれんおよび無形資産の取り扱いについては「企業結合に関する会計基準」等において規定されています。
ここでは、企業結合時に発生するのれんの会計処理のうち、企業結合時ののれんの測定方法、企業結合後ののれんの会計処理について、説明をしていきたいと思います。
なお、日本基準におけるのれんおよび無形資産の取り扱いについては、IFRSとのコンバージェンスの観点から、過去に企業会計基準委員会(ASBJ)において検討が行われ、例えば、のれんの償却については、2009年7月に「企業結合会計の見直しに関する論点の整理」、無形資産を取り扱う包括的基準の開発に向けて、2009年12月に「無形資産に関する論点の整理」が公表されています。ただし、2013年6月の「無形資産に関する検討経過の取りまとめ」の公表を最後に検討は中断されています。
1. 企業結合時ののれんの測定方法
日本基準において、のれんは「取得原価としての支払対価総額と、被取得企業から受け入れた資産及び引き受けた負債に配分された純額との間」に生じる差額(企業結合に関する会計基準)としての概念であり、個別に識別して測定されません。
一方、IFRSにおいては、のれんを「企業結合で取得した、個別に識別されず独立して認識されない他の資産から生じる将来の経済的便益を表す資産」と定義しています。その上で、日本基準と同様の考え方である「購入のれんアプローチ」(移転した対価と取得した識別可能資産・負債および偶発負債の公正価値に対する取得企業の持分との差額としてのれんを測定)の他に、100%取得(完全子会社とするケース)ではない企業結合において非支配持分全体を公正価値で測定する「全部のれんアプローチ」も認められています。このアプローチによれば、被取得会社の株式取得によって子会社化するような企業結合のケースでは、図表1で示したように、親会社の持分部分に対応するのれんだけではなく、非支配持分に係るのれんも計上されることになります。
【図表1】企業結合時の購入のれんと全部のれんの算定
識別可能資産 (公正価値)
| 識別可能負債(公正価値) |
全部のれん | 親会社持分対応ののれん (購入のれん) |
2. 企業結合後ののれんの会計処理
日本基準において、正ののれんは20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却されることとされており、加えて減損の兆候がある場合には、減損損失の認識の検討を行うことが要求されています。
「企業結合に関する会計基準」第105項においては、この規則的な償却を行う方法によれば、企業結合の成果である収益と、のれんの償却という費用の対応が可能になるとされています。また、のれんは投資原価の一部である点を考えると、投資原価を超えて回収された超過額を企業にとっての利益とみる考え方とも首尾一貫しているとされており、さらに、企業結合により生じたのれんは時間の経過とともに自己創設のれんに入れ替わる可能性があるため、企業結合により計上したのれんの非償却による自己創設のれんの実質的な資産計上を防ぐことができるとされています。
これに対しIFRSでは、正ののれんは償却せず、少なくとも年に一度、及び減損の兆候がある場合は減損テストを行うことが要求されています。
なお、被取得企業の取得原価が、受け入れた資産および引き受けた負債に配分された純額に満たない場合に貸方に発生する負ののれんについては、IFRSおよび日本基準のいずれにおいても、発生時に利益として即時認識することになります。
【図表2】のれんの会計処理についての相違
のれんの測定 | 購入のれんアプローチのみ | 購入のれんアプローチ/ 全部のれんアプローチ |
3.のれんおよび無形資産に関する日本基準、IFRSにおける検討状況
日本では2009年7月の「企業結合会計の見直しに関する論点の整理」の公表後、のれんの償却に関する日本基準上の取り扱いについて、IFRSの取り扱いと整合させるかどうかの検討が行われてきましたが、2013年9月公表の改正企業結合基準においても、現行の償却処理が継続されています。
企業会計基準委員会は、欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)およびイタリアの会計基準設定主体(OIC)と共同で、2014年7月にディスカッション・ペーパー「のれんはなお償却しなくてよいか―のれんの会計処理及び開示」を公表し、のれんの償却を再び導入することが適切ではないか、という意見発信を行っており、また、これに関連して、リサーチ・ペーパーも公表しています。直近では2017年6月にリサーチ・ペーパー第3号「のれんを巡る財務情報に関するアナリストの見解」を公表しています。
のれんの償却については、国際会計基準審議会(IASB)におけるのれん及び減損のリサーチ・プロジェクトにおいて長らく議論されてきましたが、2020年上期にディスカッション・ペーパーが公表される予定となっています。2019年6月のIASB審議会においては、現行の減損のみのモデルを維持し、償却の再導入は行わないとの予備的見解が示されましたが、当該見解は僅差での決議(審議会メンバー14名のうち8名が賛成、6名が反対)に基づくものであったことから、ディスカッション・ペーパーには、両論が並記される予定とされています。
*このQ&Aは、『週刊 経営財務』 2361号(2008年03月17日)にあらた監査法人 企業会計研究会として掲載した内容に一部加筆・修正を行ったものです(2019年12月31日時点の最新情報)。発行所である税務研究会の許可を得て、PwCあらた有限責任監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。