Q. 研究開発費の会計処理について、IFRSと日本の基準ではどのような違いがありますか。
A
国際財務報告基準(IFRS)と日本基準との間で、研究開発に関する支出の性質は、おおむね共通しています。日本基準では、研究開発費等に係る会計基準(以下、研究開発費基準)において、研究とは「新しい知識の発見を目的とした計画的な調査及び探究」であり、開発とは「研究の成果その他の知識を具体化すること」(=応用)と定義しています。
IFRSでは、IAS第38号「無形資産」において、研究とは「新規の科学的又は技術的な知識及び理解を得る目的で実施される基礎的及び計画的調査をいう」、開発とは「商業ベースの生産又は使用の開始前における、新規の又は大幅に改良された材料、装置、製品、工程、システム又はサービスによる生産のための計画又は設計への、研究成果又は他の知識の応用をいう」と定義しています。また、研究開発費を無形資産として認識すべきかどうかという観点(認識規準)から、個別の取得、企業結合の一部としての取得、交換による取得、企業内部での自己創設など、取得の形態別にその取り扱いを定めています。
以下では、無形資産の定義と認識規準とともに、研究開発費が、企業結合の一部として取得される場合と自己創設される場合について解説するとともに、日本基準との比較を行います。
1. 無形資産の定義と認識規準
IFRSでは、研究開発費は、無形資産として認識されるか否かという観点から論じられています。IAS第38号では、無形資産を、「物理的実体のない識別可能な非貨幣性資産」と定義しており、その範囲には、コンピューターのソフトウェア、特許権、著作権、映画フィルム、顧客リストやそのほか様々なものが含まれます。
IAS第38号では、無形資産として財務諸表において認識されるためには、無形資産の定義を満たし、かつ認識規準を満たしていることが要求されています。無形資産の定義と認識規準は、以下のとおりです。
【無形資産の定義】
(1)企業による支配 | 将来の経済的便益を獲得するパワーを有し、かつ、当該便益への他者のアクセスを制限できる場合。通常、法的権利に起因するが、権利の法的強制力は支配の必要条件ではない。 |
(2)将来の経済的 便益の存在 | 製品又はサービスの販売による収益、コスト節減又は資産の使用によってもたらされるその他の利益が含まれる。 |
(3)識別可能性 | 1)分離可能であること、すなわち、個別に、又は関連する契約や識別可能な資産若しくは負債と一緒に、企業から分離又は区分し、売却、譲渡等ができること(企業にそうする意図があるかどうかは問わない)、又は、2)契約又はその他の法的権利から生じるものであること(当該権利の譲渡可能性や、企業または他の権利・義務からの分離可能性は問わない)。 |
【無形資産の認識規準】
(1)資産に起因する、期待される将来の経済的便益が企業に流入する可能性が高く、かつ、 (2)資産の取得原価を、信頼性をもって測定することができる |
2. 企業結合の一部として取得した研究開発に関する無形資産
企業結合は、相手企業の研究開発成果や能力の取得を目的として行われることが少なくありません。IAS第38号では、取得企業は被取得企業の仕掛中の研究開発に関する支出が、上記無形資産の定義を満たす場合には、のれんから区分して無形資産として認識するとしています。
仕掛中の研究開発を企業結合によって取得した場合、通常、取得企業が移転する対価は将来の経済的便益が企業に流入する可能性に関する期待を反映していることから、無形資産の認識規準の(1)は常に満たされているとみなされます。さらに、当該仕掛中の研究開発に関する支出が分離可能かまたは契約その他の法的権利から発生している場合(識別可能な場合)には、当該資産の公正価値を測定するのに十分な情報が存在していると考えられるため、認識規準の(2)についても常に満たしているとみなされます。
したがって、研究開発成果等の獲得を目的として企業結合が行われた場合には、被取得企業が取り組んでいる研究開発プロジェクトを精査し、資産の定義を満たし、かつ識別可能であればこれを測定して、取得に係る取得原価を研究開発に割当てていくことになります。
なお、企業結合によって取得した仕掛中の研究開発費について、いったん無形資産として計上した後に支出が行われた場合には、次項「3.自己創設された無形資産の取り扱い」で説明する自己創設された無形資産と同様に取り扱うことになります。
一方、日本基準では、「研究開発費等に係る会計基準の一部改正」において、企業結合により被取得企業から受け入れた資産については研究開発費基準を適用しないこととされ、「企業結合に関する会計基準」において、企業結合によって取得した無形資産については、分離して譲渡可能、すなわち識別可能なものであれば、取得原価を配分するとされています。
したがって、例えば、当該無形資産を受け入れることが企業結合の目的の一つとされている場合など、その無形資産が企業結合における対価計算の基礎に含められていたような場合には、当該無形資産の独立した価格を合理的に算定できる、すなわち分離して譲渡可能と言え、識別可能資産として、取得原価を配分することになります。
3. 自己創設された無形資産の取り扱い
無形資産の自己創設とは、無形資産を社内で開発、製作する場合をいいます。この場合、外部から直接無形資産を購入する場合と異なり、上記の無形資産の認識規準を満たすかどうかの判断が難しいため追加の指針が規定されています。
IAS第38号では、自己創設された無形資産について、無形資産の創出過程を「研究局面」、「開発局面」に区分し、研究局面に関する支出は発生時に費用認識し、開発局面に関する支出は下記に示したすべてを立証できる場合に無形資産として認識するとしています。
【自己創設された無形資産(開発から生じた無形資産)の認識要件】
(1) | 使用又は売却に利用できるように無形資産を完成させることの技術上の実行可能性 |
(2) | 無形資産を完成させ、さらにそれを使用又は売却するという企業の意図 |
(4) |
無形資産が蓋然性の高い将来の経済的便益を創出する方法、具体的には以下を立証できること
- 無形資産による産出物の市場の存在
- 無形資産それ自体の市場の存在
- 無形資産を内部で使用する予定である場合には、無形資産の有用性
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(5) | 無形資産の開発を完成させ、さらにそれを使用又は売却するために必要となる、適切な技術上、財務上及びその他の資源の利用可能性 |
(6) | 開発期間中の無形資産に起因する支出を、信頼性をもって測定できる能力 |
一方、日本基準では、このような企業内部で行われる研究開発活動に関する費用については、研究開発費基準において、すべて発生時に費用として処理するとしており、IFRSの取り扱いと異なっています。なお、企業会計基準委員会(ASBJ)により、IFRSとのコンバージェンスの観点から、2007年に無形資産専門委員会が設置され、社内研究開発費を含む、無形資産の取り扱いについて検討が進められました。2009年12月に「無形資産に関する論点の整理」が、2013年6月に「無形資産に関する検討経過の取りまとめ」が公表されましたが、当該委員会は2014年7月に解散しています。
*このQ&Aは、『週刊 経営財務』 2873号(2008年06月16日)にあらた監査法人 企業会計研究会として掲載した内容に一部加筆・修正を行ったものです(2019年12月31日時点の最新情報)。発行所である税務研究会の許可を得て、PwCあらた有限責任監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。