Q. IFRSの企業結合会計について教えてください。また、日本基準とはどのような差異がありますか。
A
国際財務報告基準(IFRS)においては、IFRS第3号「企業結合」で企業結合会計の取り扱いが、またIFRS第10号「連結財務諸表」で支配の概念が規定されています。IFRS第3号では、企業結合に「取得法(Acquisition method)」を適用して会計処理を行うこととされています。すなわち、企業結合においては取得企業が必ず識別されます。
なお、日本基準においては、共通支配下の取引も共同支配企業の形成も「企業結合に関する会計基準」の適用範囲に含まれますが、IFRS第3号においては、共通支配下の企業結合や共同支配企業の設立については、適用対象外となっています。
以下では、IFRSにおける取得法による企業結合会計の概要を示し、併せて、IFRSの取得法と日本基準のパーチェス法との比較を行います。なお、日本基準は2013年9月に改正された「企業結合に関する基準(企業会計基準第21号)」等に従って説明します。
1. 取得法による取得日(支配獲得日)の会計処理の概要
IFRSにおける取得法は、取得日(支配獲得日)に、取得した識別可能な資産および引き受けた負債、非支配持分(全部のれんの場合)、取得企業が移転した取得の対価を、全て取得日における公正価値で認識、測定する方法です。
(1) 取得企業の識別
取得法はすべての企業結合について、1社が取得企業(※1)となり、その他の結合企業(※2)(複数の場合もあり)が被取得企業(※3)となること、すなわち取得企業が識別可能であることを前提としています。取得企業の識別はIFRS第10号に従った支配の獲得を基準として行われ、基本的には支配を有している企業が取得企業に該当します。IFRSでは、取得企業の識別についての指針が規定されており、現金またはその他の資産の移転、負債の引受で実施された企業結合においては、通常は、これを行った企業が取得企業となります。また、株式交換等で行われた企業結合においては、結合企業の所有者(株主)の、結合後企業(※4)における議決権の保有比率、結合後企業(における統治機関構成員の過半数や上級経営者を選出する能力、企業結合の対価として交付される株式についての公正価値以上のプレミアム支払などを基礎に、取得企業が識別されます。
(※1)取得企業=被取得企業に対する支配を獲得する企業 (IFRS第3号付録A)
(※2)結合企業=企業結合を行う企業(取得企業及び被取得企業) (明確な定義はない)
(※3)被取得企業=企業結合において取得企業が支配を獲得する事業 (IFRS第3号付録A)
(※4)結合後企業=企業結合を実施した結果生じる企業 (明確な定義はない)
(2) 取得日の決定
取得日は支配を獲得した日であり、通常は取得の対価を支払い、被取得企業の資産を取得し、負債を引き受けた日となります。
(3) 取得の対価の測定
(a) 取得日の公正価値による測定
IFRSでは、取得企業が取得に際して支払った対価は、取得日における公正価値により測定されます。この場合の対価の種類としては、現金や取得企業の株式などが代表的ですが、その他の資産の提供や、被取得企業の負債の引き受けが取得の対価となる場合もあります。なお、取得の対価が株式の場合も、原則どおり取得日における公正価値により測定が行われます。
日本基準では、取得とされた企業結合における取得原価は、対価の形態にかかわらず支払対価となる財の時価で算定するとしており、IFRSと同様の取り扱いとなっています。
(b) 段階的取得の場合の既存持分の再測定
上記(a)のとおり、IFRSでは、取得企業が取得に際して支払った対価は、取得日における公正価値により測定されます。これと整合する形で、段階取得の場合は、既存の投資によって保有している持分についても取得日時点の公正価値による再測定が求められています。再測定の結果として利得又は損失が生じる場合には、支配の獲得が生じた会計期間において純損益またはその他の包括利益として認識します。たとえば、ある会社に対し当初40%の投資を行い、その後追加で20%を投資することで支配を獲得した場合、20%の追加取得日に当初の40%の投資持分と追加投資分を合わせた60%部分が公正価値で測定されることになります。
これについても日本基準では、IFRSと類似の取り扱いとなっています。
(4) 識別可能資産および引き受けた負債、非支配持分の認識および測定
IFRSでは、被取得企業の識別可能資産および引き受けた負債は、基本的に、取得日における公正価値により認識、測定されます。
また、非支配持分について、以下のいずれかの方法による測定を行うことが求められています。
(a) 非支配持分の公正価値
(b) 被取得企業の識別可能純資産の公正価値に対する非支配持分比率
上記(a)は、非支配持分そのものについて公正価値の測定を行う方法であり、この場合、非支配持分についてものれんが発生し、いわゆる全部のれんが計上されます。(b)は識別可能純資産の公正価値に非支配持分の割合を乗じる方法で、この場合、非支配持分についてのれんは生じず、いわゆる購入のれんが計上されます。
日本基準では、非支配持分の評価について、(a)の全部のれんを認識する方法は認められていません。また、(b)の方法は日本基準で規定されている全面時価評価法に相当します。
(5) のれんの認識および測定
IFRSでは、公正価値により認識、測定された取得の対価および非支配持分が、公正価値により認識、測定された識別可能資産および引き受けた負債の純額を上回る場合、その差額はのれんとして認識されます。
上記の(3)~(5)に示した会計処理は、 図表1 のように示すことができます。なお、非支配持分の評価は上記の(4)(a)の処理によっています。
【図表1】企業結合時の購入のれんと全部のれんの算定
識別可能資産 (公正価値) | 識別可能負債(公正価値) |
全部のれん | 親会社持分対応ののれん (購入のれん) |
(6) 取得関連コスト
IFRSでは、取得に関連するコストは、原則として費用として処理します。ただし、株式の発行に係るコストについては資本から控除し、金融負債(社債など)の発行にかかる費用は実効金利に反映し償却します。
日本基準においては、取得関連費用(外部のアドバイザー等に支払った特定の報酬・手数料等)については、発生した事業年度の費用として処理します。
2. 取得日以後の会計処理の概要
取得日以後の会計処理は多岐にわたりますが、ここでは、とりわけ重要なのれんおよび負ののれんの会計処理、支配喪失時の会計処理および支配を継続している状況での持分の変動について解説します。
(1) のれんおよび負ののれんの会計処理
(a) のれん
IFRSでは、企業結合で認識されたのれんについて、規則的な償却を行わず、少なくとも年に一度減損テストを実施することを求めています。また、必要に応じて適時に減損処理を行うことが必要とされています。
これに対し日本基準では、企業結合で認識されたのれんについて20年以内に定額法その他の合理的な方法により規則的に償却を行い、減損の兆候がある場合には、必要に応じて減損が認識されます。
(b) 負ののれん
IFRSでは、負ののれんが発生する場合には、取得したすべての資産および引き受けた負債を正しく識別しているかを再検討したうえで、取得日において利益として認識することが必要とされています。日本基準でも、IFRSと同様に直ちに利益として認識されます。。
(2) 支配喪失時の会計処理
IFRSでは、持分の売却等により子会社に対する支配を喪失した場合、親会社であった会社は、子会社に関するすべての資産および負債、非支配持分について、連結財務諸表上の帳簿価額の認識を中止します。また、子会社であった会社に対する残余持分については、支配を喪失した日における公正価値で認識、測定します。
したがって、支配の喪失時には、持分の売却による損益と残余持分の再測定による損益から構成される、支配の喪失による損益が認識されます。
日本基準では、支配を喪失し関連会社となる場合には、持分法を適用した評価額により評価します。また、関連会社にも該当しなくなった場合には、個別貸借対照表上の帳簿価額をもって評価します。したがって、支配喪失時に子会社であった会社に対する残余持分についての再測定は行われません。
(3) 支配を継続している状況での持分の変動
IFRSでは、支配を継続している状況で持分の変動があった場合は資本取引として取り扱われ、連結財務諸表上持分の帳簿価額と対価の公正価値との差額は資本の部において認識されます。日本基準でもIFRSと同様の取扱いとなっています。
以上に示したIFRSと日本基準の取得法(パーチェス法)についての差異の概略は 図表2のとおりです。
【図表2】 企業結合に関するIFRSと日本基準の差異の概略
企業結合の対価に株式が用いられた場合の取得の対価の測定 | 取得日 | 企業結合日 |
段階的取得の場合の既存持分の再測定 | 取得日に既存持分を公正価値で再測定し、その結果として利得又は損失が生じる場合には、純損益またはその他の包括利益として認識する | IFRSと類似 |
非支配持分の評価 | 次のいずれかによる
- 非支配持分の公正価値
- 識別可能純資産の公正価値に対する非支配持分比率
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- 非支配持分の公正価値評価は認められていない。
- 全面時価評価法
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のれんの処理 | 償却は行わず、毎期減損テストを実施。減損の兆候がある場合には、必要に応じて減損損失を計上 | | 20年以内で定額法等により規則的に償却。減損の兆候がある場合には、必要に応じて減損損失を計上 |
負ののれんの処理 | 発生時に利益として認識 | | IFRSと同様 |
支配の喪失時の処理 |
- 資産および負債、非支配持分については、連結財務諸表上の帳簿価額の認識を中止
- 残余持分については、支配を喪失した日における公正価値で認識、測定
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- 関連会社となる場合には持分法を適用した評価額により評価
- 関連会社にも該当しなくなった場合には、個別貸借対照表上の帳簿価額をもって評価
- 支配喪失時に子会社であった会社に対する残余持分についての再測定は行わない。
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支配を継続している状況での持分の変動 | 持分の帳簿価額と対価の公正価値との差額は連結会社の資本の部において認識 | | IFRSと同様 |
3. 日本基準の改正
我が国においては、2009年7月にIFRSとのコンバージェンスの一環として「企業結合会計の見直しに関する論点の整理」が公表され、その後、2013年9月に、「企業結合に関する会計基準」等の改正基準が公表されました。改正基準では、取得関連費用を発生した事業年度の費用として処理する、支配を継続している状況での持分の変動を資本の部で認識するといったIFRSと同様の会計処理が規定されています。
既存の差異として残っているのれんの償却等については、企業会計基準委員会が2014年7月に欧州財務報告諮問グループおよびイタリアの会計基準設定主体と共同でディスカッション・ペーパー「のれんはなお償却しなくてよいか―のれんの会計処理及び開示」を公表し、のれんの償却を再び導入することが適切ではないか、という意見発信を行いました。また、これに関連して、複数回にわたりリサーチ・ペーパーを公表するなど(直近では2017年6月にリサーチ・ペーパー第3号「のれんを巡る財務情報に関するアナリストの見解」を公表)、のれん償却の再導入に向けて積極的な働きかけを行ってきました。
のれんの償却については、国際会計基準審議会(IASB)におけるのれん及び減損のリサーチ・プロジェクトにおいて長らく議論されてきましたが、2020年上期にディスカッション・ペーパーが公表される予定となっています。2019年6月のIASB審議会においては、現行の減損のみのモデルを維持し、償却の再導入は行わないとの予備的見解が示されましたが、当該見解は僅差での決議(審議会メンバー14名のうち8名が賛成、6名が反対)に基づくものであったことから、ディスカッション・ペーパーには、両論が並記される予定とされています。
*このQ&Aは、『週刊 経営財務』2881号(2008年08月18日)にあらた監査法人 企業会計研究会として掲載した内容に一部加筆・修正を行ったものです(2019年12月31日時点の最新情報)。発行所である税務研究会の許可を得て、PwCあらた有限責任監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。