Q. 金融商品に関わる会計基準の特徴は何ですか。また、日本の基準とは違うのですか。
A
1. 金融商品を取り扱う国際財務報告基準とその特徴
金融商品を取り扱う主な国際財務報告基準(IFRS)には、以下のものがあります。
IAS第32号は、金融商品の財務諸表における表示に関する基準であり、主として金融商品の定義、金融商品の負債と資本の区分、金融資産と金融負債の相殺表示について規定しています。また、IFRS第9号は、金融商品の認識およびそれらの測定、すなわち、どのような場合に金融商品が財務諸表に計上されるべきか、どのように評価すべきかについて規定しています。
金融商品は、金融機関に限らず、多くの会社の資産・負債の大きな割合を占めており、また、金融商品は、証券・金融市場で中心的な役割を果たし、そのグローバル化や複雑化も進んでいます。デリバティブを含む金融商品は、企業のリスク管理のための有効な手段としても利用される場合もありますが、実務上、運用の仕方によっては潜在的に非常にリスクの高いものであるともいえます。
過去、特に1990年代から2000年代初頭にかけて起こった、デリバティブその他の金融商品に関連した企業破綻等の反省から、これらのIFRSは企業の財務報告上問題を隠すことを認めずに、保有する金融商品の状況を開示し、また、その影響を、多くの場合、発生時に会計処理することを要求しているといった点に特徴があります。また、これらのIFRSは、原則を定め、例外的な処理を極力排除するという方針をもっている点も特徴的といえます。
さらに、2008年の金融危機による金融商品会計への不信感の高まりやその複雑性に対応するために、IAS第39号の置き換えプロジェクトが進められました。IAS第39号における重要な項目である金融商品の「分類及び測定」、「減損」、「ヘッジ会計」の検討が完了し、2014年7月にIFRS第9号「金融商品」最終版が公表され、IAS第39号の置き換えがほぼ完了しました。なお、主に金融機関において行われているマクロヘッジ会計については、IFRS第9号の外で別途検討されています。IFRS第9号「金融商品」は、2018年1月1日以後開始事業年度より強制適用されています。
日本基準においても、証券・金融市場のグローバル化および取引の高度化・複雑化に対応するために、1999年に企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」、2000年に会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」などが公表され、それ以後も必要に応じて改訂されています。しかし、前述のように、IFRSは原則を定め、例外的な処理を極力排除するという方針をもっている点が特徴であり、実務上の要請から多くの例外処理を認めている日本基準とは異なるといえます。 なお、公正価値測定については、2019年7月に、企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」等が公表されています。この時価算定会計基準は、IFRS第13号の定めを基本的にすべて取り入れていますが、これまで我が国で行われてきた実務等に配慮して、個別項目に対するその他の取扱いも定めており、2021年4月1日以後開始事業年度より強制適用されます。
以降、IFRSの要求事項について、日本基準との違いを含め、概要を説明します。
2. 金融商品の開示の特徴
IFRS第7号は、財務諸表の利用者が以下の事項を評価することができるような情報を企業が開示することを要求しています。
(a)企業の財政状態および業績に対する金融商品の重要性
(b)信用リスク、流動性リスクおよび市場リスクに関する所定の最低限の開示を含む、金融商品から生じるリスクやエクスポージャーに関する定性的・定量的情報、ならびにリスクの管理方法
IFRSでは金融商品から生じるリスクの管理に対する経営者の目的・方針・手続の説明を要求している点に特徴があります。なお、公正価値測定に関連する開示については、非金融商品も含め、IFRS第13号「公正価値測定」に規定されています。
3. IFRS第9号における金融資産・負債の分類および測定
(1) 金融資産の分類および測定
日本基準では、金融資産は、原則として法的形態をベースに、有価証券、債権、金銭の信託、デリバティブなどに分類して規定が定められています。一方、IFRSでは、金融資産について、(i)償却原価で測定するもの、(ii)その他の包括利益を通じて公正価値で測定するものおよび(iii)純損益を通じて公正価値で測定するものの3つのいずれかに分類されます。これらの分類は、以下の金融資産を管理する企業の事業モデルおよび金融資産の契約上のキャッシュ・フローの特性に基づいて決定されます。
事業モデル | 企業がキャッシュ・フローを生み出すために金融資産をどのように管理しているのか。 |
契約上のキャッシュ・フローの特性 | 金融資産の契約条件が、元本および元本残高に対する利息の支払のみであるキャッシュ・フローを生じさせているのか。これはSPPI(Solely Payments of Principal and Interest)と呼ばれている。 |
(a) 以下の両方の要件を満たした場合、その金融資産は償却原価で測定されます。
- 契約上のキャッシュ・フローを回収するために金融資産を保有することを目的とする事業モデルに基づいて、金融資産が保有されている
- 金融資産の契約条件により、元本および元本残高に対する利息の支払のみであるキャッシュ・フローが所定の日に生じる
(b) 以下の両方の要件を満たした場合、その金融資産はその他の包括利益を通じて公正価値で測定(FVOCI)されます。
- 金融資産が、契約上のキャッシュ・フローの回収と売却の両方によって目的が達成される事業モデルの中で保有されている
- 金融資産の契約条件により、元本および元本残高に対する利息の支払のみであるキャッシュ・フローが所定の日に生じる
(c) 上記(a)および(b)のいずれにも該当しない場合は、その金融資産は純損益を通じて公正価値で測定(FVPL)されます。
表1 金融資産の測定区分
償却原価 | 契約上のキャッシュ・フローの回収 | SPPIを満たす |
FVOCI | 契約上のキャッシュ・フローの回収と売却の両方 | SPPIを満たす |
※償却原価とFVOCIのいずれにも該当しない金融資産は、FVPLに区分されます。
なお、IFRS第9号においては、償却原価またはその他の包括利益を通じて公正価値で測定する金融資産の分類の検討において、上述のように、「利息」の概念が重要となります。この目的において、「利息」は、特定の期間における元本残高に関する貨幣の時間価値への対価、信用リスクへの対価、およびその他の基本的な融資のリスクおよびコストへの対価、ならびに利益マージンから構成されるものと定義されており、IFRS第9号において様々なガイダンスが存在しています。
(2) 資本性金融商品への投資の取扱い
IFRSにおける資本性金融商品への投資は普通株式への投資に近いイメージです。IFRS第9号の分類および測定の原則は、すべての資本性金融商品への投資は純損益を通じて公正価値で測定しなければならないとしています。ただし、IFRS第9号は、売買目的保有ではない資本性金融商品への投資については、その公正価値の変動をその他の包括利益に表示することを指定できるという選択肢を与えています。この指定は、当初認識時に個々の金融資産に対して行うことが可能です。ただし、いったん指定した場合は取り消すことができません。また、公正価値の変動、たとえば、売却損益をその他の包括利益から純損益に振り替えることはできません。なお、このような投資から得た配当金は、明らかに投資原価の一部回収である場合を除き、純損益に認識します。
また、IFRS第9号は、IAS第39号に存在した相場価格のない資本性金融商品への投資(非上場株式など)や関連するデリバティブを取得原価で測定するという例外規定を廃止する一方、取得原価が公正価値の適切な見積りになりうる場合のガイダンスを提供しています。
(3) 公正価値オプション
IFRSでは、特定の条件を満たす金融商品の当初認識時に、FVPL測定するものとして取消不能の指定を行うことを認めています。これを公正価値オプションといいます。公正価値オプションが認められる条件は、そのオプションの指定が金融資産または金融負債の会計上のミスマッチを解消もしくは大幅に低減する場合、金融商品が文書化されたリスク管理・投資戦略に従い、公正価値に基づいて管理および業績評価される場合、金融商品が特定の条件を満たす組込デリバティブを含んでいる場合です。
なお、公正価値オプションについては、米国会計基準でも同じような基準はありますが、日本基準上そのような会計処理は今のところありません。
(4) 金融負債の分類および測定
日本基準では、支払手形、買掛金などの金銭債務は、債務額をもって貸借対照表額とし、社債については社債金額よりも低いまたは高い価額で発行した場合には償却原価で評価する必要があります。一方、IFRSでは、金融負債の分類および測定に関する規定は、IAS第39号の規定をほぼそのまま引き継いでおり、デリバティブや当初認識時に公正価値オプションを適用した金融負債を除き、ほとんどの金融負債は償却原価により測定される区分に分類されます。
しかし、公正価値オプションを適用した金融負債の公正価値の変動のうち、その負債の信用リスクの変動から生じた金額については、原則として、その他の包括利益で表示しなければなりません。ただし、金融負債の信用リスクの変動から生じた公正価値の変動をその他の包括利益に表示することが、純損益における会計上のミスマッチを創出または拡大させる場合は、金融負債の公正価値の変動全体をその他の包括利益ではなく純損益で表示しなければなりません。金融負債の信用リスクの変動から生じた公正価値の変動をその他の包括利益に表示することは、2008年に深刻化した金融危機の最中にいくつかの金融機関が自己の信用力の悪化に起因する金融負債の評価益を多額に計上したことが「直感に反する利益」であると批判されたことに対応して、2010年10月のIFRS第9号改訂時に導入されたものです。
4.IFRS第9号における金融資産の減損
(1) 予想信用損失モデル
金融危機の結果として、従来のIAS第39号における発生損失モデルでは信用損失(貸倒損失・減損損失)の認識が遅いという批判があり、IFRS第9号における金融資産の減損は、IAS第39号における発生損失モデルから、予想信用損失モデルに変更されました。将来予測的なものも含んだ情報に基づく予想信用損失モデルを導入したことにより、過去および現在の状況のみを考慮した発生損失モデルよりも、より適時に信用損失を計上することになると見込まれています。
また、IFRS第9号においては、減損を検討すべきすべての金融資産に対して、基本的に単一の減損モデルを適用することとしており、IAS第39号に対する批判の一つであった複雑性を軽減しています。減損を検討すべき金融商品には、償却原価またはその他の包括利益を通じて公正価値で測定される金融資産(ただし、資本性金融商品への投資を除く)、リース債権、営業債権、契約資産、ローン・コミットメントおよび金融保証契約が含まれます。
(2) 予想信用損失の認識
IFRS第9号では、金融資産の当初認識時以降に信用リスクが著しく増大していない場合は、「12か月の予想信用損失」を認識します。金融資産の当初認識時以降に信用リスクが著しく増大している場合には、「全期間の予想信用損失」を認識します。なお、「12か月の予想信用損失」は、「全期間の予想信用損失」のうち、報告日後12か月以内に発生しうる債務不履行事象から生じる予想信用損失と定義されており、今後12か月にわたり予測されるキャッシュ不足額ではありません。また、信用リスクが当初認識以降に著しく増大したかどうかの評価を行う際には、予想信用損失の変動ではなく、全期間にわたる債務不履行発生のリスクの変動を考慮します。
上述の一般的なアプローチに対して、重大な金融要素を含まない営業債権・契約資産に対しては、常に「全期間の予想信用損失」を認識するという単純化したアプローチが規定されています。また、重大な金融要素を含む営業債権・契約資産およびリース債権に対しては、一般的なアプローチと単純化したアプローチのいずれかを選択適用することができます。当該選択は、営業債権と契約資産に区別して、またリース債権についてはファイナンス・リース債権とオペレーティング・リース債権に区別して適用することができます。
表2 IFRS第9号の予想信用損失モデル
ステージ | 信用リスクの変化 | 一般的なアプローチ | 単純化したアプローチ |
1 | 当初認識以降に信用リスクが著しく増大していない | 12か月の 予想信用損失 | |
2 | 当初認識以降に信用リスクが著しく増大している | 全期間の 予想信用損失 |
3 | 信用減損金融資産(信用減損の客観的証拠がある) | 全期間の 予想信用損失 |
(3) 予想信用損失の測定
IFRS第9号において、予想信用損失とは、信用損失をそれぞれの債務不履行リスクでウェイト付けした加重平均と定義されています。そのため、予想信用損失は、最悪の場合のシナリオや最善の場合のシナリオにおける信用損失ではありません。予想信用損失の測定に当たっては、偏りのない確率加重金額、貨幣の時間価値、過去の事象や現在の状況のみならず利用可能な将来の経済状況の予測情報を反映する必要があります。
なお、日本基準では、債務者の状況に応じて債権を区分(一般債権、貸倒懸念債権および破産更生債権等)し、その区分に応じて貸倒引当金を計上するため、IFRS第9号における予想信用損失とは異なる金額になる可能性があります。
5.IFRS第9号におけるヘッジ会計
(1) 日本基準との主要な差異
日本基準では、相場変動を相殺するヘッジ取引およびキャッシュ・フローを固定するヘッジ取引ともに、原則として、繰延ヘッジ処理(ヘッジ手段の評価差額をその他の包括利益に認識)が採用されています。しかし、IFRSでは、公正価値ヘッジは、ヘッジ対象・手段ともに公正価値で測定して、評価差額を純損益に認識する一方、キャッシュ・フロー・ヘッジは、ヘッジ手段の評価差額をその他の包括利益に認識して繰り延べる、というように会計処理の方法がヘッジの種類により区別されています。
また、ヘッジの非有効部分の処理ですが、日本基準では、ヘッジ全体が有効と判断され、ヘッジ会計の要件が満たされている場合には、ヘッジ手段に生じた損益のうち結果的に非有効になった部分についても繰り延べることが容認されていますが、IFRSでは、非有効部分は厳格に、その発生時に損益処理することが要求されます。さらに、日本で実務上、多く採用されている金利スワップの特例処理や振当処理のようにデリバティブを公正価値で測定しない会計処理は、IFRSでは認められていません。
(2) ヘッジ有効性の評価およびヘッジ会計の適格要件
IFRS第9号は、IAS第39号と比べて、ヘッジの有効性に関する要件が緩和されたため、ヘッジ会計の適用の幅が広がっています。IAS第39号では、日本基準と同様に、ヘッジ有効性の数値基準(ヘッジ手段とヘッジ対象の変動額の比率がおおむね80%から125%の範囲内であること)を設定していましたが、IFRS第9号では、そのような数値基準は廃止されました。ただし、上述のとおり、ヘッジの非有効部分は引き続き損益処理することが要求されます。
(3) ヘッジ対象
IFRS第9号は、ヘッジ対象の適格要件を変更し、経済合理性のあるヘッジ戦略がヘッジ会計の適格要件を充足することを妨げるIAS第39号の制限を基本的に除去しています。IFRS第9号では、一定の条件を満たす場合には、非金融商品のリスク要素ごとのヘッジや純額ポジションのヘッジなどが認められるようになりました。
(4) ヘッジ手段
IFRS第9号は、一部のヘッジ手段の使用に関する規定を緩和しています。IFRS第9号において、オプションの時間的価値や先渡契約の金利要素などの会計処理が変更されたため、IFRS第9号におけるヘッジ会計の適用により、IAS第39号におけるヘッジ会計より純損益の変動を軽減することができます。
6.IFRS第9号における金融資産の認識の中止
金融技術の発達とともに日本でも金融資産の流動化が広く活用されるようになってきました。金融資産の流動化に係る資産の消滅の認識に関する会計基準において、日本基準では「財務構成要素アプローチ」を採用しています。しかし、IFRSでは、「リスク・経済価値アプローチ」を採用している点で差異があります。具体的には、金融資産の認識を中止すべきか、またどの程度中止すべきかの評価は、以下フローチャートに従って行います。
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このため、日本の会計基準上の要請を満たすように組成された金融資産の流動化について、IFRS上、金融資産の認識の中止が認められないケースもあると考えられます。
7.金利指標改革
2014年の金融安定理事会(FSB)の提言に基づき、LIBOR等の金利指標をより信頼性のあるリスクフリー・レート等の代替金利に置き換える取り組み(金利指標改革)が進められており、IFRSでは、フェーズ1(代替金利に置き換える前の期間において財務報告に影響を与える論点)とフェーズ2(代替金利に置き換える時に財務報告に影響を与える可能性のある論点)に分けた検討が行われています。フェーズ1は、2019年9月に、金利指標改革に伴う将来の不確実性の存在を考慮せずにヘッジ会計の継続を判断できるよう関連基準の修正を行うことで完了し、引き続きフェーズ2の検討が続いています。
また、日本基準においても、金利指標改革に関連する会計基準の開発に着手しており、今後の検討状況に留意する必要があります。
*このQ&Aは、『週刊 経営財務』2855号(2008年02月04日)にあらた監査法人 企業会計研究会として掲載した内容に一部加筆・修正を行ったものです(2019年12月31日時点の最新情報)。発行所である税務研究会の許可を得て、PwCあらた有限責任監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。