Q. 外貨換算の会計処理は、日本の基準と何が違うのですか。
A
国際財務報告基準(IFRS)では、外貨換算の会計処理はIAS第21号「外国為替レート変動の影響」に定められています。IAS第21号の特徴としては、「機能通貨」と「表示通貨」という概念を用いて、「機能通貨」以外の取引を外貨建取引としている点です。日本基準では、円建取引以外の取引を外貨建取引として扱うことが多く、「機能通貨」については特に定めがない点にIFRSとの相違があります。
1. 機能通貨の概要
機能通貨とは、IAS第21号では、「企業が営業活動を行う主たる経済環境の通貨」と定義されています。
機能通貨は、企業が営業活動を測定する基準となる通貨であるため、外貨建取引は機能通貨により計上され、為替レートの変動を認識する場合も機能通貨を基準として行われます。
IAS第21号では、測定通貨としての「機能通貨」と、財務諸表の表示単位としての「表示通貨」を明確に区分しており、企業は(1)機能通貨で(a)外貨建取引を計上し、(b)期末に為替レートの変動を認識して、外貨建項目を機能通貨に換算し、(2)機能通貨と表示通貨が異なる場合には表示通貨に換算して財務諸表を作成します。
2. 外貨建取引
外貨建取引とは、IAS第21号では、企業の機能通貨以外の通貨による取引をいいます。例えば、日本企業がヨーロッパに子会社を有している場合において、当該子会社の機能通貨が円と判断されれば、ユーロ建取引がその子会社にとっての外貨建取引となりますが、当該子会社の機能通貨がユーロと判断されれば、円建取引が当該子会社にとっての外貨建取引となります。
3. 機能通貨の決定
企業がどの通貨を機能通貨とするかは、取引価格を規定する経済圏の通貨(取引上の表示通貨および決済通貨であることが多い)を基準にして、どの通貨が企業の業績を最も忠実に反映するかどうかという点から決定します。具体的には、販売価格に主に影響を与える通貨や、商品やサービスを提供する際に発生する原価に主に影響を与える通貨を考慮して機能通貨を決定することになります。また、機能通貨の決定にあたっては、資金調達を行う際の通貨や営業活動から得た収入を通常留保するのに使用する通貨も追加的証拠として考慮すべきとされています。
企業集団における機能通貨は必ずしも単一ではなく、親会社や在外営業活動体(在外支店、在外子会社等)など各企業の別に機能通貨を決定します。親会社と在外営業活動体の機能通貨が同じであるかどうかを判断するときには、在外営業活動体の活動の親会社からの独立性や親会社との取引量なども考慮するものとされています。
日本基準の「外貨建取引等会計処理基準」においては、外貨換算の処理は原則として企業の法的形態(すなわち、在外子会社、在外支店)に基づき決定されます。在外子会社に対しては、資産および負債については決算日レートにより換算を行い、資本に属する項目は発生時レートにより換算を行い、収益および費用については原則として期中平均レートにより換算を行います。在外支店に対しては本店が取引を行った場合と同様の処理が求められています。これは、在外子会社の活動は親会社の活動から独立していると考えられているのに対し、在外支店の活動は親会社の活動に依存していると考えられているためです。そのため、機能通貨という用語は日本基準において用いられていないものの、結果として、IFRSにおいて、在外子会社が現地通貨を、在外支店が本国通貨(すなわち、円)を機能通貨とした場合に近い結果となっています。
例えば、ヨーロッパにある子会社の機能通貨が円である場合、IAS第21号によれば、当該子会社は機能通貨(円)に換算を行うことになるため、円建取引からは為替差損益は生じないことになります。また、機能通貨と表示通貨が同一であるため、親会社の連結財務諸表作成時には、当該子会社の財務諸表項目の換算は行わない、つまり、為替換算調整勘定が生じないということになります (設例参照) 。
【設例】
(前提条件) 当社はヨーロッパに子会社を有しており、当該子会社はユーロで取引を記帳している。当該子会社の機能通貨は円である。当該子会社は、円建取引を行い、手数料100円をユーロで売上として計上したが、期末では未決済である。
取引日レート: 1ユーロ=100円
期中平均レート:1ユーロ=100円
決算日レート: 1ユーロ=150円
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4.外貨建取引の会計処理
上述のようにIFRSにおける機能通貨の概念が日本基準にはないため、「外貨建取引」として分類される内容が異なる可能性がありますが、外貨建取引をどのように換算するかについては、IFRSと日本基準の間には大きな相違はありません。以下、IFRSにおける取扱いを説明します。
(1) 期中取引の計上
期中の取引は機能通貨により計上します。外貨建取引、すなわち機能通貨以外の通貨による取引は、取引日レートを用いて機能通貨に換算して計上することになります。なお、換算には、為替レートが大幅に変動していないことを条件に、一定期間の平均レートの使用も認められており、例えば、1週間や1か月の平均レートを用いることができる可能性があります。
(2) 決済時の為替差額
外貨建貨幣性項目の決済時の為替差額は純損益に認識します。
(3) 期末日の外貨建財政状態計算書項目の換算
期末日における外貨建財政状態計算書項目については、貨幣性資産および負債の換算は決算日レートで、非貨幣性資産および負債の換算は適切な取引日レートで、公正価値で評価されている非貨幣性項目は公正価値を算定したときの為替レートで、機能通貨に換算します。貨幣性項目の換算により生じた為替差額は純損益に認識します。
(4) 期末日の非貨幣性項目の評価差額等にかかる換算差額
期末日の外貨建財政状態計算書項目の換算については、4.(3)に示したとおりですが、非貨幣性項目のうち、評価差額が生じるものについては、別途取扱いが示されています。
評価差額がその他の包括利益に認識される非貨幣性項目(例えば、その他の包括利益を通じて公正価値で測定する資本性金融商品への投資)については、これにかかる為替差額もその他の包括利益に認識し、評価差額が純損益に認識される非貨幣性項目(例えば、純損益を通じて公正価値で測定する資本性金融商品への投資)については、これにかかる為替差額も純損益に認識します。
5 .表示通貨への換算
表示通貨とは、IAS第21号において、「財務諸表が表示される通貨」と定義されています。通常、表示通貨は親会社の機能通貨と同じになりますが、親会社の機能通貨と異なる通貨を使用することもできます。
親会社が連結財務諸表を作成する際に、在外営業活動体の機能通貨が連結財務諸表の表示通貨と異なる場合は、在外営業活動体の財務諸表項目を連結財務諸表の表示通貨へ換算する必要があります。
機能通貨を表示通貨に換算するにあたり、資産および負債については、決算日レートにより換算します。
収益および費用は、原則として取引日レートで換算しますが、為替レートが大幅に変動していないことを条件に、期中平均レートを使って換算することも認められています。日本基準における在外子会社の収益および費用の換算については原則として期中平均レートによるものの、決算日レートによることも許容されているため、この換算レートの点では、日本基準とIFRSとで実務上相違がある可能性があります。
表示通貨への換算において生じた為替差額は、その他の包括利益(日本基準における為替換算調整勘定)として処理します。IFRSは資本項目の換算レートについて言及していませんが、ここで発生時レートを用いた場合には、日本基準における在外子会社の財務諸表項目の換算結果と類似した結果になります。
6. まとめ
IFRSの外貨建取引について概要を説明しましたが、実務上、在外子会社の機能通貨が円となる場合や、在外支店の機能通貨が現地通貨となる場合などでは、日本基準とは大きく異なる処理が必要となる可能性もあるため、機能通貨の観点からの見直しが必要となります。
IFRS上用いる換算レートの日本基準との細かい差異や、機能通貨以外の通貨で記帳を行っている場合の取扱い、また、割愛しましたが、IFRSにおいては、在外営業活動体に対する純投資の換算差額の処理など、細かい論点が多いため、IFRSの適用にあたっては十分な基準の理解と準備が求められます。
表 IFRSと日本基準の主な相違
1.機能通貨の定義と決定 | 企業が営業活動を行う主たる経済環境の通貨。機能通貨の決定に際しては、企業の業績を最も忠実に反映する通貨を判断する。 | 機能通貨に関する規定はないが、換算方法は、原則として、法的形態(子会社または支店)に基づき決定される。在外子会社の場合は現地通貨、在外支店の場合は本国通貨をIFRSのいう機能通貨とした場合に近い結果となる。 |
(1)期中取引 | 取引日レート(為替レートが著しく変動していない場合、一定期間の平均レートも容認) | IFRSに類似(ただし、IFRSのような、平均レートの使用についての限定は付されていない)。 |
(2)期末日における外貨建財政状態計算書項目の換算 | 換算差額は純損益として処理
- 貨幣性項目:決算日レート
- 非貨幣性項目:取引日レート(公正価値で評価されているものは、公正価値算定時の為替レート)
| IFRSに類似。 |
(3)非貨幣性項目の評価差額等に係る換算差額 | 評価差額がその他の包括利益に認識される非貨幣性項目については、これに係る為替差額もその他の包括利益に認識され、評価差額が純損益に認識される非貨幣性項目については、これに係る為替差額も純損益に認識。 | IFRSに類似。 ただし、有価証券については、日本基準のその他有価証券、売買目的有価証券に対する換算差額の原則的な処理が、IFRSにおける非貨幣性項目の換算差額の処理(それぞれ、その他の包括利益および純損益で認識)と類似している。しかし、日本基準では保有目的別に処理が規定されているのに対し、IFRSでは貨幣性項目と非貨幣性項目で処理が規定されているため、必ずしも両者の範囲は一致しない。 |
3.表示通貨への換算 |
- 資産および負債:決算日レートで換算
- 収益および費用:取引日レートで換算(為替レートが著しく変動していない場合、一定期間の平均レートも可)
- 資本:定めなし
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表示通貨に関する規定はないが、在外子会社の財務諸表項目の換算については、以下の点を除きIFRSに類似。
- 収益および費用:期中平均レートで換算(ただし、決算日レートも容認)
- 資本勘定:発生時レートで換算
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*このQ&Aは、『週刊 経営財務』2889号(2008年10月13日)にあらた監査法人 企業会計研究会として掲載した内容に一部加筆・修正を行ったものです(2019年12月31日時点の最新情報)。発行所である税務研究会の許可を得て、PwCあらた有限責任監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。