Q. IFRSにおける収益認識基準はどのようになっていますか。また、日本の基準と何が違うのですか。
A
1.IFRSにおける収益認識基準
国際財務報告基準(IFRS)においては、一般的かつ具体的な収益の認識基準を定めたIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」が、2014年5月に公表され、2018年1月1日以降開始する事業年度の最初の期中報告期間より適用が開始されています。この新基準は、顧客との契約について、単一の包括的な収益の認識基準を提供することを目的として開発されたものです。
顧客との契約に基づく収益は、以下の他のIFRSの範囲に含まれる契約を除き、IFRS第15号に基づいて認識する必要があります(IFRS第15号第5項)。
- IFRS第16号「リース」の範囲に含まれるリース契約
- IFRS第17号「保険契約」の範囲に含まれる契約(ただし、定額報酬を対価とするサービスの提供を主要な目的とする保険契約についてはIFRS第15号の適用を選択可能)
- IFRS第9号「金融商品」、IFRS第10号「連結財務諸表」、IFRS第11号「共同支配の取決め」、IAS第27号「個別財務諸表」及びIAS第28号「関連会社及び共同支配企業に対する投資」の範囲に含まれる金融商品及び他の契約上の権利又は義務
- 顧客又は潜在的顧客への販売を容易にするための、同業他社との非貨幣性の交換(たとえば、2つの石油会社の間で、異なる特定の場所における顧客からの需要を適時に満たすために石油の交換に合意する契約)
ここでは、一般的な収益の認識基準を定めたIFRS第15号について、その基本的な考え方を示すとともに、日本の会計基準との差異について説明します。
2. IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」による収益の認識
IFRS第15号では、収益認識を契約資産(企業が顧客に移転した財またはサービスと交換に対価を受け取る権利)および契約負債(顧客に財またはサービスを移転する企業の義務のうち、企業が顧客から対価を受け取っている(または受け取り期限が到来している)もの)の変動に基づくものとして捉えています。そのうえで、企業が約束した財またはサービスを顧客へ移転することにより企業の履行義務が充足されたときに収益を認識する原則を基礎にした支配モデルが採用されています。
約束した財又はサービス(すなわち、資産)が移転するのは、顧客が当該資産に対する支配を獲得した時(又は獲得するにつれて)とされていますが、資産に対する支配とは、当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを獲得する能力を指します(IFRS第15号第31項、第33項)。
この支配モデルを適用するにあたっては、以下の5つのステップを実施して、収益を認識することになります。
ステップ1: 顧客との契約を識別する - 契約とは、法的に強制可能な権利及び義務を生じさせる複数の当事者間の合意であり、文書による場合もあれば、口頭による場合や企業の取引慣行により含意される場合もある(IFRS第15号第10項)。 |
ステップ2: 契約における履行義務を識別する - 履行義務とは、顧客に財またはサービスを移転する約束である。契約に複数の履行義務が含まれている場合には、各履行義務に区分して会計処理される(IFRS第15号第22項)。 |
ステップ3: 取引価格を算定する - 取引価格には、現金以外の形態による対価のほか、将来重大な戻し入れが生じない可能性が非常に高い範囲内で変動対価の見積額を含める。また、貨幣の時間価値の影響や、顧客に対して支払われる対価の影響を控除する(IFRS第15号第48項)。 |
ステップ4: 取引価格を契約における履行義務に配分する - 通常、契約において約束した別個の財またはサービスのそれぞれの独立販売価格の比率に基づいて、取引価格を各履行義務に配分する。独立販売価格が観察可能でない場合には、企業は独立販売価格を見積る(IFRS第15号第74項、第78項)。 |
ステップ5: 履行義務の充足時(または、充足するにつれて)の収益を認識する - 履行義務が一定の期間にわたり充足される場合(顧客にサービスを移転する約束の場合に一般的)は、履行義務の進捗度に基づき、その期間にわたって収益を認識する。履行義務が一時点で充足される場合(顧客に財を移転する約束の場合に一般的)は、その時点で収益を認識する(IFRS第15号第31項、第39項)。 |
3. 日本の会計基準との差異
現在、日本の会計基準においては、1949年7月に制定された「企業会計原則」以外には収益を認識するための要件に関して包括的に定めたものは存在していないのが現状です。また、「企業会計原則」においても収益の定義や認識のための諸要件をIFRS第15号のように一定の具体性を持って定めているわけではなく、「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る」(企業会計原則 第二 三B)とされているのみであり、実現主義の具体的考え方については特に定められていません。
なお、ソフトウェア取引の収益については実務対応報告第17号「ソフトウェア取引の収益の会計処理に関する実務上の取扱い」があり、工事契約に係る収益については企業会計基準第15号「工事契約に関する会計基準」等がありますが、これらは、あくまでもソフトウェア取引あるいは工事契約についてのみを対象とした個別のガイダンスであり、収益認識に関して包括的に取り扱ったものではありません。
こうした状況の下、日本においては取引の実態に応じて実現主義における収益認識要件と解される「財貨の移転又は役務提供の完了」と「対価の成立」の2つの要件を満たし収益が実現したと考えられる時点において収益を認識しているというのが現状であり、IFRS第15号と日本の会計基準との差異を一般的に述べるのは困難です。
会計基準間の差異に起因して会計処理が相違するケースとして、例えば工事契約に係る収益認識が考えられます。IFRSでは財またはサービスに対する支配が移転し履行義務を充足した時点で収益を認識しますが、支配の移転の態様によって収益認識の方法が異なります。すなわち、履行義務が、一定期間にわたり充足される履行義務の要件に該当するのか、これに該当せずに一時点で充足する履行義務となるのかをまずは判定します。そして、前者であれば、一定期間にわたって収益を認識し、後者であれば、一時点で収益を認識することとなります。一方、日本基準では、工事契約に関しては、工事の進行途上においてもその進捗部分について成果の確実性が認められる場合には工事進行基準を、認められない場合には工事完成基準を適用することとされています(工事契約に関する会計基準第9項)。このように、IFRSと日本基準では、適用すべき収益認識の方法の判断に際して考慮すべき要素が異なるため、収益認識の時点に差異が生じる可能性があります。
4.収益の認識基準をめぐる現在の動向
我が国においても、IFRS第15号を踏まえた我が国における収益認識に関する包括的な会計基準として、企業会計基準委員会(ASBJ)が、2018年3月に「収益認識に関する会計基準」および「収益認識に関する会計基準の適用指針」(併せて、以下「収益基準」という)を公表しています。収益基準は、基準公表後3年間の適用準備期間が設けられており、2021年4月1日以後開始する事業年度より適用が開始されます。
当該収益基準は、国内外の企業間における財務諸表の比較可能性の観点から、IFRS第15号の基本的な原則を取り入れることを出発点として作成されています(収益基準第97項)。そのため、収益基準において原則的な取扱いとして定められている規定を適用する場合は、IFRS第15号を適用する場合と比較して、会計処理に重要な相違が生じることは想定されていません。 ただし、これまでの日本の実務などに配慮すべき項目については、比較可能性が損なわれない範囲で代替的な取扱いが追加されています(収益基準第97項)。そのため、当該代替的な取扱いを適用する場合は当該収益基準とIFRS第15号との会計処理に相違が生じる可能性があります。
なお、この代替的な取扱いの他にも、日本基準とIFRSとでは基準の体系が異なることから、IFRS第15号における契約コスト(契約獲得の増分コストおよび契約を履行するためのコスト)の定めが当該収益基準の範囲に含まれない(収益基準第109項)などの相違も生じています。
*このQ&Aは、『週刊 経営財務』 2871号(2008年06月02日)にあらた監査法人 企業会計研究会として掲載した内容に一部加筆・修正を行ったものです(2019年12月31日時点の最新情報)。発行所である税務研究会の許可を得て、PwCあらた有限責任監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。