Q. 退職給付会計について、IFRSと日本基準はどのように違うのですか。
A
1. 退職給付会計の基本的な構造
退職給付に関する会計基準として、国際財務報告基準(IFRS)ではIAS第19号「従業員給付」が、日本基準では「退職給付に関する会計基準」が公表されています。退職給付会計の計算をするための基本となる各概念(退職給付債務、年金資産および退職給付に係る負債)は、IAS第19号と日本の退職給付会計基準ともに原則として同様です。
2. IFRSと日本基準の相違
2012年5月に企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」が公表され、日本基準とIFRSとのコンバージェンスが図られました。その結果、連結財務諸表上では、IFRSと日本基準の間の差異は小さくなったものの、依然として、それぞれの会計基準のいくつかの部分で異なる処理が規定されており、結果として財政状態計算書(貸借対照表)に計上される負債(資産)および包括利益計算書(損益計算書)に計上される費用(利益)の金額は、多くの場合、異なることになります。IFRSと日本の退職給付会計基準のこれらの主たる相違点は文末の表にまとめたとおりです。
次にこれらの相違点のうち重要と思われるいくつかの項目について説明します。
(1) 数理計算上の差異および過去勤務費用の取扱い
数理計算上の差異は、日本基準では発生時に税効果を調整の上でその他の包括利益として計上した後、平均残存勤務期間以内の一定の年数で按分した金額を毎期費用処理(リサイクル)します。また、日本基準においては、発生の翌期から費用処理することも認められています。一方、IFRSでは、確定給付負債(資産)の純額に対する再測定(数理計算上の差異や制度資産に係る収益を含む)の発生時にその他の包括利益として計上し、その後、リサイクルすることは禁止されています(IAS第19号第122項)。
また、過去勤務費用は、日本基準では発生時にその他の包括利益として計上し、その後、平均残存勤務期間以内の一定の年数で按分した金額を毎期費用処理(リサイクル)します。一方、IFRSでは、制度改訂または縮小が発生した時か、または、関連するリストラクチャリングのコストまたは解雇給付を企業が認識する時の、いずれか早い時点に損益として処理することになります(IAS第19号第103項)。
なお、この点につき、日本基準上、個別財務諸表においては、改訂前の日本基準と同様、数理計算上の差異および過去勤務費用は発生時においては貸借対照表上で認識せず、その後、平均残存勤務期間以内の一定の年数で按分した金額を毎期費用処理することになります。
(2) 費用の期間配分方法
退職給付見込額の各期の発生額を見積る方法として、勤務期間を基準とする方法(期間定額基準)、退職給付制度の給付算定式を基準とする方法(給付算定式基準)があります。
IFRSでは、給付算定式基準に基づいて給付を勤務期間へ帰属させなければなりません。しかしながら、後期の年度における従業員の勤務が、初期の年度より著しく高い水準の給付を生じさせる場合には、従業員による給付が制度の下での給付を最初に生じさせた日から、従業員によるそれ以降の勤務が制度の下での重要な追加の給付(それ以降の昇給を除く)を生じさせなくなる日までの期間にわたって、企業は定額法によって給付を帰属させなければならないとされています(IAS第19号第70項)。
それに対し、日本基準では、給付算定式基準と、改訂前の日本基準における原則的処理であった期間定額基準のいずれかの方法を選択適用することができます。この点、国際的な会計基準とのコンバージェンス等の観点から期間定額基準を廃止すべきという意見があったものの、期間定額基準を一律に否定するまでの根拠はないこと等を踏まえ、適用の明確さでより優れていると考えられる期間定額基準についても、給付算定式基準との選択適用という形で認めることとしたとされています(退職給付に関する会計基準第63項)。なお、日本基準においても、給付算定式基準を選択した場合において、勤務期間の後期における給付が初期よりも著しく高い水準となるときには、その期間の給付が均等に生じるとみなして給付算定式を補正します。
(3) 計算基礎の重要性の判定方法等
割引率や長期期待運用収益率等の計算基礎は、原則として、毎期再検討することになります。ただし、日本基準では、退職給付に関する会計基準の適用指針第30項において、割引率については、「重要な影響の有無の判断にあたっては、前期末に用いた割引率により算定した場合の退職給付債務と比較して、期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときには、重要な影響を及ぼすものとして期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算しなければならない」としています。したがって、日本基準では、このような数値基準を用いて、当該割引率の変動が当期の退職給付債務に重要な影響をあたえると認められる場合のほかは、割引率を見直さないことが認められています。IFRSには、このように数値基準を用いて計算基礎の見直しの要否を具体的に判断する規定はありません。
(4) 期待運用収益の取扱い
日本基準では、期首の年金資産の額に合理的に期待される収益率(長期期待運用収益率)を乗じることにより期待運用収益が算定され、期首の退職給付債務に割引率を乗じることにより算定される利息費用とともに、退職給付費用を構成することになります。一方、IFRSには期待運用収益の概念はなく、確定給付負債(資産)の純額に割引率を乗じた金額を利息費用(純額)として計上します(IAS第19号第123項)。
この点、IFRSにおいても従前は日本基準と類似した考え方が採用されていましたが、利息費用を純額で測定するアプローチの方が簡易かつ実用的であり、また、退職給付債務と年金資産の純額は制度又は従業員に対して企業が負っている資金調達額に相当するという経済実態を反映することができることを理由に、より目的適合性と理解可能性が高いものとして改訂したとされています(IAS第19号BC75項、BC81項)。
(5) 小規模企業等における簡便な方法
日本基準においては、従業員数が比較的少ない小規模な企業等(原則として従業員数300人未満が目安とされている)において、高い信頼性をもって数理計算上の見積りを行うことが困難である場合または退職給付に係る財務諸表項目に重要性が乏しい場合には、期末の退職給付の要支給額を用いた見積計算を行う等の簡便な方法を用いて、退職給付に係る負債および退職給付費用を計算することができます。
一方、IFRSにおいてはこのような簡便的な計算方法について具体的な規定は明示されていません。
表 IAS第19号と日本の「退職給付に関する会計基準」との比較
基準名 (基準設定機関) | 日本基準 (企業会計基準委員会等) | 国際財務報告基準 (IASB) |
基準名等 | 「退職給付に関する会計基準」等 | IAS第19号「従業員給付」 |
割引率の設定方法 | 割引率:安全性の高い債券(国債、政府機関債及び優良社債)の利回りを基礎として決定する(第20項)。 割引率等の計算基礎に重要な変動が生じていない場合には、これを見直さないことができる(注8)。退職給付債務が10%以上変動すると推定される場合、期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算しなければならない(適用指針 第30項)。 | 割引率:報告期間の末日時点における優良社債の市場利回りを参照して割引率を決定しなければならない(第83項)。 |
過去勤務費用の処理方法 | 原則として、各期の発生額について平均残存勤務期間以内の一定の年数で按分した額を毎期費用処理する。 また、当期に発生した未認識過去勤務費用は、税効果を調整のうえ、その他の包括利益を通じて純資産に計上する。(第25項) 退職従業員に係る過去勤務費用は、他の過去勤務費用と区分して発生時に全額を費用として処理することができる。(注10) (なお、上記は連結財務諸表上のみの取扱いである。個別財務諸表上では発生時においては貸借対照表上で認識しない。) | 制度改訂または縮小が発生した時か、または、関連するリストラクチャリングのコストまたは解雇給付を企業が認識するときの、いずれか早い時点に費用処理する。(第103項) |
期待運用収益の取扱い | 期首の年金資産の額に合理的に期待される収益率(長期期待運用収益率)を乗じて計算し、退職給付費用に含める(第14項、第23項)。 | 期待運用収益の考え方はなく、確定給付負債(資産)純額に割引率を乗じた金額を利息費用(純額)として計上する(第123項)。 |
確定給付負債(資産)の純額の再測定(数理計算上の差異)の処理方法 | 原則として、各期の発生額について平均残存勤務期間以内の一定の年数で按分した額を毎期費用処理する。 また、当期に発生した未認識数理計算上の差異は、税効果を調整のうえ、その他の包括利益を通じて純資産の部に計上する。(第24項) 数理計算上の差異については、当期の発生額を翌期から費用処理する方法を用いることができる(注7)。 (なお、上記は連結財務諸表上のみの取扱いである。個別財務諸表上では発生時においては貸借対照表上で認識しない。) | 確定給付負債(資産)の純額の再測定はその他の包括利益に認識する(第120項)。 再測定は、その後の期間で純損益に振り替えてはならない。(第122項) |
確定給付資産(退職給付に係る資産)の会計 | 年金資産の額が退職給付債務の金額を超える場合には、資産として計上される。資産の上限に関する特段の制限はない(第13項、第71項、第72項)。 | 確定給付制度の積立超過のうち、利用可能な経済的便益(制度からの返還又は将来の掛金の減少)の額を上限として、確定給付資産の純額を認識する(第64項、第65項)。 |
費用の期間配分方法 | 期間定額基準または給付算定式基準のいずれかを選択して継続適用。 なお、給付算定式基準による場合、勤務期間の後期における給付算定式に従った給付が、初期よりも著しく高い水準となるときには、当該期間の給付が均等に生じるとみなして補正した給付算定式に従わなければならない。(第19項) | 給付算定式に基づかなければならない。 しかし、後期の年度における従業員の勤務が初期の年度より著しく高い水準の給付を生じさせる場合には、定額法を用いなければならない(第70項)。 |
小規模企業等における簡便な方法 | 従業員数が比較的少ない小規模な企業等(原則として従業員数300人未満が目安とされている)において、高い信頼性をもって数理計算上の見積りを行うことが困難である場合または退職給付に係る財務諸表項目に重要性が乏しい場合には、期末の退職給付の要支給額を用いた見積計算を行う等の簡便な方法を用いて、退職給付に係る負債及び退職給付費用を計算することができる(第26項)。 | 具体的な規定は明示されていない。 |
*このQ&Aは、『週刊 経営財務』2865号(2008年04月14日)にあらた監査法人 企業会計研究会として掲載した内容に一部加筆・修正を行ったものです(2019年12月31日時点の最新情報)。発行所である税務研究会の許可を得て、PwCあらた有限責任監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。