日本基準トピックス 第418号
主旨
- 2021年1月28日、企業会計基準委員会(以下「ASBJ」とする)は、実務対応報告第41号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い」等(以下「本実務対応報告」とする)を公表しました。
- 本実務対応報告は、2019年12月に成立した「会社法の一部を改正する法律」(令和元年法律第70号。以下「改正法」とする)により新たに定められた金融商品取引法第2条第16項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社が取締役等の報酬等として金銭の払込み等を要しないで株式の発行等をする場合における会計処理および開示上の取扱いを明らかにしています (※1)。
- 本実務対応報告は、改正法の施行日である2021年3月1日以後に生じた取引から適用され、その適用は会計方針の変更には該当しません。
- 原文については、ASBJのウェブサイトをご覧ください。
経緯
2019年12月に成立した改正法により、「会社法」(平成17年法律第86号)第202条の2において、金融商品取引法第2条第16項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社が、取締役等の報酬等として株式の発行等を行う場合には、金銭の払込み等を要しないことが新たに定められました(本実務対応報告第1項)。これを受けて、ASBJは、取締役等の報酬等として金銭の払込み等を要しないで株式の発行等をする場合における会計処理および開示について審議を行い、その結果、以下の実務対応報告を公表しました。
- 実務対応報告第41号
「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い」
また、本実務対応報告において、純資産の部の株主資本以外の項目として「株式引受権」を設けたことに伴い、以下の会計基準および適用指針の改正を公表しました。
- 改正企業会計基準第5号
「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」 - 改正企業会計基準適用指針第8号
「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準等の適用指針」
概要
適用範囲
本実務対応報告は、会社法第202条の2に基づく、取締役の報酬等として株式を無償交付する取引を対象としています(本実務対応報告第3項)。
なお、本実務対応報告は、いわゆる現物出資構成により、金銭を取締役等の報酬等とした上で、取締役等に株式会社に対する報酬支払請求権を現物出資財産として給付させることによって株式を交付する取引には適用されません(本実務対応報告第26項)。
会計処理
本実務対応報告では、取締役等に対して株式の発行等を行い、これに応じて企業が取締役等から取得するサービスは、その取得に応じて費用として計上するとしています(本実務対応報告第5項、第13項、第15項および第17項)。また、こうした費用の認識や測定については、企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下「ストック・オプション会計基準」とする)の定めに準じるとしています(本実務対応報告第38項)。ただし、株式の公正な評価単価の算定基準日として、ストック・オプション会計基準は付与日を会社法上の割当日としているのに対し、本実務対応報告では契約が締結された時点を付与日としています(本実務対応報告第4項(9)、第7項および第31項)。
一方、株式が交付されるタイミングが異なる点や、事前交付型において、株式の交付の後に株式を無償で取得する点については、取引の形態ごとに異なる取扱いを定めています。
1. 事前交付型
本実務対応報告では、取締役の報酬等として株式を無償交付する取引のうち、対象勤務期間の開始後速やかに、契約上の譲渡制限が付された株式の発行等が行われ、権利確定条件が達成された場合には譲渡制限が解除されるが、権利確定条件が達成されない場合には企業が無償で株式を取得する(以下、当該無償取得を「没収」とする)取引を、事前交付型と定義しています(本実務対応報告第4項(7))。新株の発行により行う場合と自己株式の処分により行う場合が想定されるため、それぞれの会計処理を以下のとおり定めています。
|
当初の割当日において新株を発行し発行済株式総数が増加するが、その時点では資本を増加させる財産等の増加は生じていないことから、割当日には払込資本を増加させない(本実務対応報告第40項)。
|
当初の割当日において自己株式を処分するため、その時点で自己株式の帳簿価額を減額するとともに、同額のその他資本剰余金を減額する(本実務対応報告第12項)。
|
|
ストック・オプション会計基準と同様に、企業が取締役等から取得するサービスは、その取得に応じて費用として計上する(本実務対応報告第5項、第39項)。
各会計期間における費用計上額は、株式の公正な評価額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額とする(本実務対応報告第6項)。
また、当該処理により年度通算で費用が計上される場合は、対応する金額を資本金または資本準備金に計上し、年度通算で過年度に計上した費用を戻し入れる場合はその他資本剰余金から減額する(本実務対応報告第9項)。
なお、四半期会計期間においては、計上する損益に対応する金額はその他資本剰余金の計上または減額として処理し、年度の財務諸表においては、上記の処理に置き換える(本実務対応報告第10項)。 |
ストック・オプション会計基準と同様に、各会計期間において報酬費用の認識と測定を行い、対応する金額をその他資本剰余金として計上する(本実務対応報告第13項)。
|
|
企業が無償で株式を取得したときは、自己株式の無償取得として、自己株式の数のみの増加として処理する(本実務対応報告第11項、第43項)。
|
企業が無償で株式を取得したときは、当初の割当日において減額した自己株式の帳簿価額のうち、没収により無償取得した部分に相当する額の自己株式を増額し、同額のその他資本剰余金を増額する (※3)(本実務対応報告第14項)。
|
2. 事後交付型
本実務対応報告では、取締役の報酬等として株式を無償交付する取引のうち、契約上、株式の発行等について権利確定条件が付されており、権利確定条件が達成された場合に株式の発行等が行われる取引を事後交付型と定義しています(本実務対応報告第4項(8))。新株の発行により行う場合と自己株式の処分により行う場合の会計処理をそれぞれ以下のとおり定めています。また、取締役等から取得するサービスに応じて計上される費用の相手勘定について、貸借対照表の純資産の部の株主資本以外の項目に「株式引受権」として計上するとしています(本実務対応報告第15項、第17項)。
|
ストック・オプション会計基準と同様に、各会計期間において報酬費用の認識と測定を行い、対応する金額を、新株の発行が行われるまでの間、貸借対照表の純資産の部の株主資本以外の項目に株式引受権として計上する(本実務対応報告第15項)。
|
ストック・オプション会計基準と同様に、各会計期間において報酬費用の認識と測定を行い、対応する金額を、自己株式の処分が行われるまでの間、貸借対照表の純資産の部の株主資本以外の項目に株式引受権として計上する(本実務対応報告第17項)。
|
|
権利確定条件を達成した後の割当日に、株式引受権として計上した額を資本金または資本準備金に振り替える(本実務対応報告第16項)。
|
権利確定条件を達成した後の割当日に、自己株式を処分し、自己株式と株式引受権をそれぞれ減額した際に生じる自己株式の取得原価と株式引受権の帳簿価額との差額を、自己株式処分差額として、その他資本剰余金を増減させる(本実務対応報告第18項)。
|
3. その他の会計処理
本実務対応報告に定めのないその他の会計処理については、類似する取引または事象に関する会計処理が、ストック・オプション会計基準または企業会計基準適用指針第11号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(以下「ストック・オプション適用指針」とする)に定められている場合には、これに準じて会計処理を行うとしています(本実務対応報告第19項、第51項)。
開示
1.注記
本実務対応報告では、費用の認識や測定はストック・オプション会計基準の定めに準じるとしていることから、ストック・オプション会計基準およびストック・オプション適用指針における注記事項を基礎とし、ストック・オプションと事前交付型、事後交付型とのプロセスの違いを考慮して、次の注記項目を定めています(本実務対応報告第20項、第52項)。
(1)事前交付型について、取引の内容、規模およびその変動状況(各会計期間において権利未確定株式数が存在したものに限る)
(2)事後交付型について、取引の内容、規模およびその変動状況(各会計期間において権利未確定株式数が存在したものに限る。ただし、「権利確定後の未発行株式数」に関する注記項目を除く)
(3)付与日における公正な評価単価の見積方法
(4)権利確定数の見積方法
(5)条件変更の状況
また、当該注記事項の具体的な内容や記載方法については、ストック・オプション適用指針の定めに準じて注記を行います(本実務対応報告第21項)。
2.1株当たり情報
事後交付型におけるすべての権利確定条件を達成した場合に株式が交付されることとなる契約は、企業会計基準第2号「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第9項の「潜在株式」として取り扱い、潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定において、ストック・オプションと同様に取り扱います(本実務対応報告第22項、第53項)。
また、株式引受権の金額は1株当たり純資産の算定上、企業会計基準適用指針第4号「1株当たり当期純利益に関する会計基準の適用指針」第35項の期末の純資産額の算定にあたっては、貸借対照表の純資産の部の合計額から控除します(本実務対応報告第22項、第54項)。
3.関連当事者との取引の開示
関連当事者との取引として開示が求められる項目のうち、取引の内容や取引金額、取引条件に関する情報は、概ね、本実務対応報告における注記事項(本実務対応報告第20項)として開示されることとなり、利用者が取引内容や条件を判断するための一定の情報は提供されるものと考えられるため、関連当事者との取引に関する開示は必要としないと考えられます(本実務対応報告第55項)。
適用時期等
本実務対応報告は、改正法の施行日である2021年3月1日以後に生じた取引から適用されます。
なお、新たな取引に対して適用するものであり、従来採用していた会計方針は存在しないことから、会計方針の変更には該当しないとされています(本実務対応報告第第23項、第56項)。
---------------------------------------
(※1)文中における用語の定義は以下のとおり(本実務対応報告第4項)。
取締役等・・・・・・会社法第326条に規定される取締役および第402条に規定される執行役
報酬等・・・・・・・・会社法第361条に規定される報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益
金銭の払込み等・・会社法第199条に規定される募集株式と引き換えにする金銭の払込みまたは財産の給付
株式の発行等・・・・自社の新株の発行または自己株式の処分
(※2)事前交付型においては、割当日に取締役等は株主となり、譲渡が制限されているものの、配当請求権や議決権等の株主としての権利を有します。ただし、割当日においては、資本を増加させる財産等の増加は生じていないため、割当日において払込資本を増加させず、取締役等からサービスの提供を受けることをもって分割で払込みがなされていると考え、サービスの提供の都度、払込資本を認識するとしています(本実務対応報告第40項)。
(※3)没収による自己株式の無償取得が生じたのは、取締役等から条件を満たすサービスの提供が受けられず、当初意図した交換取引が成立しなかったことによるものと考えられることから、通常の自己株式の無償取得と同様に処理するのは適切ではないと考えられ、没収による自己株式の無償取得が生じた場合、割当日に減額した自己株式の帳簿価額のうち、無償取得した部分に相当する金額の自己株式を増額し、同額のその他資本剰余金を増額することとされています(本実務対応報告第14項、第47項)。