日本基準トピックス 第456号
主旨
- 2023年1月31日、金融庁は、有価証券報告書および有価証券届出書(以下、「有価証券報告書等」という)の記載事項について、主に以下の内容を改正する「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(以下、「本改正」という)を公表しました。
I. サステナビリティに関する企業の取組みの開示
II. コーポレートガバナンスに関する開示
- 意見募集に寄せられたコメントを踏まえ、公開草案からは、記載の明確化等の修正が行われています。
- 原文については、金融庁のウェブサイトをご覧ください。
- また、同日付けでサステナビリティ情報等の参考となる開示例を掲載した「記述情報の開示の好事例集2022」が公表されています。
- なお、本改正とは別に、EDINETが稼働しなくなった際の臨時的な措置として代替方法による開示書類の提出を認めるため、「開示用電子情報処理組織による手続の特例等に関する内閣府令」も改正されています。
経緯
- 2022年6月13日、金融庁は、「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告-中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-」(以下、「DWG報告」という)を公表しました。
- DWG報告において、「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」、「コーポレートガバナンスに関する開示」などに関して、制度整備を行うべきとの提言がなされました。
- 本改正は、当該提言を踏まえ、有価証券報告書等の記載内容を改正するものです。
「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正について
本報告書の構成
本改正は、「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下、「開示府令」という)、「企業内容等の開示に関する留意事項について」(以下、「開示ガイドライン」という)の改正に加え、「記述情報の開示に関する原則」1も改正しています。具体的には、以下の内容で構成されています 。
I.サステナビリティに関する企業の取組みの開示
1.サステナビリティ全般に関する開示 (開示府令・開示ガイドラインの改正)
2.人的資本、多様性に関する開示 (開示府令・開示ガイドラインの改正)
3.サステナビリティ情報の開示における考え方および望ましい開示に向けた取組み (記述情報の開示に関する原則の改正)
II. コーポレートガバナンスに関する開示 (開示府令の改正)
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本報告書の主な内容 2
I.サステナビリティに関する企業の取組みの開示
1.サステナビリティ全般に関する開示
我が国では、2020年10月、政府として2050年のカーボンニュートラルを目指すことが宣言され、サステナビリティに関する取組みが企業経営の中心的な課題となるとともに、それらの取組みに対する投資家の関心が世界的に高まっています。同時にサステナビリティ開示の基準設定の動きが急速に進んでいます。
2021年11月には基準設定主体となる国際サステナビリティ基準審議会(以下、「ISSB」という)の設立が公表され、ISSBは2022年3月、サステナビリティ開示基準の公開草案(サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項及び気候関連開示)を公表しています。我が国においても、2022年7月、サステナビリティ基準委員会(以下、「SSBJ」という)が設置され、精力的な議論が行われています。
このような国内外の状況を踏まえ、我が国においてもサステナビリティ開示に向けた検討を進めることが急務となっており、主な改正内容は以下のとおりです。
(1)サステナビリティ情報の「記載欄」の新設 (開示府令の改正)
- 有価証券報告書等に、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の「記載欄」を新設する
- 「ガバナンス」と「リスク管理」について、必須記載事項とする
- 「戦略」と「指標及び目標」について、重要性に応じて記載を求める
- サステナビリティ情報を有価証券報告書等の他の箇所に含めて記載した場合、サステナビリティ情報の「記載欄」において当該他の箇所の記載を参照できることとする
- 記載にあたっては、有価証券報告書では、事業年度末(有価証券届出書では、最近日現在)における連結会社のサステナビリティに関する考え方及び取組の状況を記載する
(2)将来情報の記述と虚偽記載の責任及び他の公表書類の参照 (開示ガイドラインの改正)
- 将来情報の記述と虚偽記載の責任について、以下を明確化する
- 将来情報について、一般的に合理的と考えられる範囲で具体的な説明が記載されている場合には、記載した将来情報と実際に生じた結果が異なる場合であっても、直ちに虚偽記載の責任を負うものではないこと
- 当該説明の記載に当たり、例えば、当該将来情報について社内で合理的な根拠に基づく適切な検討を経たものである場合には、その旨と検討された内容(例えば、記載に当たり前提とされた事実、仮定及び推論過程)の概要を記載すること
- 他の公表書類の参照について、以下を明確化する
- サステナビリティ情報や取締役会等の活動状況の記載について、有価証券届出書に記載すべき重要な事項を記載した上で、当該記載事項を補完する詳細な情報について、他の公表書類を参照できること
- 単に参照先の書類の虚偽表示等をもって直ちに虚偽記載等の責任を問われるものではないこと(他の公表書類に明らかに重要な虚偽があることを知りながら参照する等、当該他の公表書類の参照自体が有価証券届出書の重要な虚偽記載等になり得る場合を除く)
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2.人的資本、多様性に関する開示
人的資本、多様性に関する開示については、2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの再改訂により、経営戦略に関連する人的資本への投資や、多様性の確保に向けた方針とその実施状況の開示が盛り込まれるなどの取り組みが行われてきました。国際的には、米国では証券取引委員会(SEC)が2020年11月、年次報告書において人的資本に関する開示の義務付けを行い、国際標準化機構(ISO)は、2019年1月、人的資本の状況を示す指標を公表するなど、開示の議論が進んでいます。
このような状況を踏まえ、投資家の投資判断に必要な情報を提供する観点から、我が国における開示の対応として以下の内容が改正されています。
人的資本、多様性に関する開示 (開示府令、開示ガイドラインの改正)
- サステナビリティ情報の「記載欄」の「戦略」と「指標及び目標」において、次の記載を求める
- 人材の多様性の確保を含む人材育成の方針と社内環境整備の方針(例えば、人材の採用・維持、従業員の安全、健康に関する方針等)
- 当該方針に関する指標の内容、当該指標を用いた目標と実績
- 最近事業年度の提出会社とその連結子会社それぞれにおける次の指標について、女性活躍推進法等に基づき、当該指標を公表する場合には、有価証券報告書等の「従業員の状況」においても、記載を求める(女性活躍推進法等の規定による公表をしない場合、記載を省略できる)。
なお、連結子会社のうち主要な連結子会社以外については、3つの指標を有価証券報告書等の「その他の参考情報」に記載し、「従業員の状況」には参照する旨を記載することもできる
- 上記3つの指標を「従業員の状況」に記載するに当たって、次の点を開示ガイドラインにおいて明確化する
- 投資者の理解が容易となるように、任意で追加的な情報を記載できること
- サステナビリティ記載欄の「指標及び目標」では、3つの指標の記載は省略可能であること
- 男女間賃金格差と男性の育児休業取得率を記載するに当たって注記すべき内容
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3.サステナビリティ情報の開示における考え方および望ましい開示に向けた取組み
先述のとおり、ISSBは2022年3月、気候関連開示基準の公開草案を公表しました。諸外国の当局でも気候変動開示関連の議論が進展しており、米国では、2022年3月、SECが気候関連開示を義務化する内容の規則案を公表し、最終化に向けて協議中となっています。欧州では、2022年12月、欧州委員会が公表したサステナビリティ開示の対象企業拡大や詳細開示要件を定める企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が最終化されました。
このような状況の中、DWG報告で提言されたサステナビリティ情報の開示についての期待等を踏まえて、サステナビリティ情報の開示における考え方および望ましい開示に向けた取組みをまとめた記述情報の開示に関する原則が改正されています。
(サステナビリティ情報の開示における考え方)
- サステナビリティに関する考え方および取組は、中長期的な持続可能性に関する事項について、経営方針・経営戦略等との整合性を意識して説明するもの
- 「ガバナンス」と「リスク管理」は、業態や経営環境、企業価値への影響等を踏まえ、サステナビリティ情報を認識し、その重要性を判断する枠組みが必要となる観点から、すべての企業が開示することが求められる
- 「戦略」と「指標及び目標」は、開示が望ましいものの、「ガバナンス」と「リスク管理」の枠組みを通じて重要性を判断して開示することが求められる
(望ましい開示に向けた取組)
- 業態や経営環境等を踏まえ、重要であると判断した具体的なサステナビリティ情報は、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標及び目標」の4つの構成要素に基づき開示する
- 「戦略」と「指標及び目標」について、重要性を判断した上で記載しない場合でも、当該判断やその根拠の開示が期待される
- 国際的に確立された開示の枠組みである気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)またはそれと同等の枠組みに基づく開示をした場合、適用した開示の枠組みの名称を記載する
- サステナビリティ情報には、国際的な議論を踏まえると、例えば、環境、社会、従業員、人権の尊重、腐敗防止、贈収賄防止、ガバナンス、サイバーセキュリティ、データセキュリティなどに関する事項が含まれ得る
- 温室効果ガス(GHG)排出量について、各企業の業態や経営環境等を踏まえた重要性の判断を前提としつつ、スコープ1、スコープ2のGHG排出量 3については、積極的な開示が期待される
- 「女性管理職比率」等の多様性に関する指標は、投資判断に有用である連結ベースの開示に努めるべき
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II.コーポレートガバナンスに関する開示
コーポレートガバナンスに関する開示については、近年、スチュワードシップ・コードの再改訂やコーポレートガバナンス・コードの再改訂など着実な進展が見られ、さらに2022年4月からは、東京証券取引所における上場株式の市場区分が再編され、市場区分に応じたコーポレートガバナンス・コードの適用が行われるなど、ガバナンス向上に向けた枠組みの整備も進められています。
このような中、企業内容の開示においても、コーポレートガバナンスに関する取組みの進展を適切に反映することが求められるとして、以下の内容が改正されています。
「コーポレート・ガバナンスの概要」、「監査の状況」、「株式の保有状況」など (開示府令の改正)
- 有価証券報告書等の「コーポレート・ガバナンスの概要」において、取締役会や指名委員会・報酬委員会等の活動状況(開催頻度、具体的な検討内容、出席状況等)の記載を求める
- 有価証券報告書等の「監査の状況」において、内部監査の実効性を確保するための取組(デュアルレポーティング 4の有無を含む)について、具体的、かつ、分かりやすく記載することを求める
- 有価証券報告書等の「株式の保有状況」において、政策保有株式の発行会社との業務提携の概要の記載を求める
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なお、DWG報告では「重要な契約」の開示の拡充についても提言が行われていましたが、引き続き具体的な検討が必要であるとして今回の開示府令には織り込まれず、別途改正を行うこととされています。
III.施行・適用時期
本改正は、公布の日から施行されます。
改正後の「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の規定は、2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用されます。また、施行日以後に提出される有価証券報告書等から早期適用することも可能とされています。
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1 記述情報の開示に関する原則とは、財務情報以外の開示情報である、いわゆる「記述情報」について、開示の考え方、望ましい開示の内容や取り組み方をまとめたものです。
2 本資料における枠で囲った部分は本改正の内容を記載しています。なお、枠内の下線を付した箇所はポイントを理解しやすいよう、本トピックス作成にあたりPwCあらた有限責任監査法人にて付したものです。
3 スコープ1は、事業者自らによる直接排出、スコープ2は、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出を指す。
4 内部監査部門が代表取締役のみならず、取締役会や監査役・監査役会に対しても直接報告を行う仕組み